*yomyom vol.26(新潮社)掲載

 ホテルグランヴィア大阪の一階の喫茶店で打ち合わせをしたあと、熊之郷(くまのごう)さんと私は、JR大阪駅を横切って北に向かい、いったん地下に降りた。夕方近くの約束だったので、熊之郷さんも私も、会社には直帰すると告げていた。打ち合わせはすぐに終わった。熊之郷さんは、へんに喋りすぎず、押し付けがましくもない、比較的やりやすい人のように思えた。仕事自体も、短期間で終わる、あまり込み入らないものだった。
 地下に向かったことについて、私は、ルクアの地下一階を通って、ヨドバシカメラにDVD-Rを買いにいく用事があったのだが、熊之郷さんがそちらで何かやることがあるとは思えなかったので、電車、こっちなんですか? と訊くと、熊之郷さんは、いえ、JRです、と答えた。更なる追及はやめた。なんでも無駄に知りたがる女とは思われたくない。一緒に仕事をする他社の人になんかは特に。
 ルクアの地下一階はキラキラしている。JR大阪三越伊勢丹を併せた地下一階全体が基本的にそんな感じなのだが、ルクア側は食べ物を売っているので、より吸引力が強いような感触がある。通路全体が、花や果物やバターや小麦粉のいい匂いがして、売られているものも繊細なものか甘いものかその両方のどれかのような気がする。厳密に言うと違うのだろうけれども。
 気後れしません? と私は熊之郷さんに何気なく言うと、気後れはしますね、と熊之郷さんは答える。すると思う。そうこないとな。がっしりしていて、背はあまり高くなく、私より一つ年下とのことだが、私より二十歳は年上に見える老け顔の熊之郷さんは、本当は熊野聡(そう)という名前なのだが、先に顔を見たことがあった私は、あの人熊之郷っていう名字なんですね、熊と温泉につかってそうな容姿ですもんね、と前任者から口頭で名前を教えてもらうなり早とちりしてしまって、それからうちの社内では、熊之郷さんと言われている。そういう地名の温泉地から来た、という、事実とは異なる設定もできた。本当は和歌山出身だと前任者から聞いた。
 私は、そんな熊之郷さんと、惜しげもなくキラキラを振りまくルクアの地下一階を一緒に歩いているという状況がおもしろくて、ついつい、いい匂いと甘いものが飽和状態ですよね、このへん、などと言ってしまう。熊之郷さんは、ふむ、と笑う。
「こんなに新しくしてどうするんでしょうかね、もういろいろと充分って感じやないですか大阪。そやのにどこも行列やし。私、新しい何かができるたびに、あ、行列や、って、頭が自動的に反応して、逆にそこに寄り付かんようになってまうんです」
 私はすぐに退屈してしまうので、行列に並ぶのが苦手だし、人ごみを歩くのが下手なわけじゃないけど、人が増えれば増えるほど歩き下手な人が目に付いていらいらするから、基本的に人ごみが好きじゃない。私は、熊之郷さんもきっとそういう人間だろう、という目星をつけていたので、そうまくし立ててしまったのだが、熊之郷さんは、そうなんですか、とうなずいただけだった。
「でも、おもしろいですよ」
 新しいところをいろいろうろうろしてたら、いろんなしんどいことを忘れる、と熊之郷さんは言う。
「ストレス溜まりませんか? 順応するのに」
「どうかな。楽しいことには順応したらいいと思います」
 予想とは違って、熊之郷さんは、簡単には同意しないのだった。大阪に出てきて間もないから、すべてが珍しいのだろう、などともっともらしい言い訳を考えるのはたやすいが、もう七年ぐらいになるそうなので、本当にそう思っているのだ。見た目からは、大阪は水も空気もまずい、とか、うるさくて眠れない、とかいかにも言い出しそうな感じなのだが。
 ヨドバシ側に接続する通路が近付いてくると、熊之郷さんは、出入口の端っこにある店で、あんこのパンを買って帰る、と言う。おいしいんですか? と訊くと、雑誌で見ただけなのでなんとも言えないが、おいしいと思う、と答える。それなのに、なぜか道を逸れてスープストックトーキョーの行列に並ぶ。晩ごはんか。
「それでは、今後ともよろしくお願い致します」
 熊之郷さんは、さっと私に一礼するので、私も、いやいやいやいや、などと言いながらぺこぺこする。連れが行列に並ぶという、まさかの形で解散となったが、私はそのまま通路に向かい、ヨドバシカメラを目指した。DVD-Rの銘柄で十五分ぐらい迷って、その後、買い換える予定のレコーダーの資料を集め、ぼけーっと60型の3Dテレビで、香川真司(かがわしんじ)が出場したマンチェスター・ユナイテッド対リバプールの試合を眺め、まああの人がそんなに言うんならドーナツでも買って帰ろう、と再びルクアの地下一階を横切ると、グロムのカウンターで、ジェラートを横に文庫本を読んでいる熊之郷さんの姿を発見した。かなりルクアの地下一階を満喫している。あいさつしようかと思ったけれども、戻ってきたというのが恥ずかしかったので、私はそのまま通りすぎて、三越伊勢丹側の出入口を目指した。

 私はずっと、大阪駅まで環状線で一駅、みたいなところに住んでいるため、大阪の発展が珍しい、とか、めでたい、という感覚があまりない。うまく言えないのだが、となりの家の子供の成長を止めることはできない、というか、そりゃいろいろできていくわな、という程度の気持ちで、新しいビルが建っては喧伝(けんでん)される様子を眺め、だいたいそこには半年は近寄らない、という対応で生活している。
 けれども、大阪ステーションシティの開発は、そういうのとはまたちょっと違っていた。うまく言えないのだが、幼い頃転校した同級生が、外国人と結婚して帰ってきたかのような、時間とイメージの隔たりを持っていた。おそらくあと十年はやっているであろう、と生暖かく見つめていた工事は、突然すっぱりと一段落し、新しい街が現れたのだった。グランヴィア大阪の一階の喫茶店からの風景が、ある日変わっていた。エスカレーターで、外側からどんどん大丸梅田店を上っていけるようになった。そして中に東急ハンズが入った。
 便利になって、ちょっともの珍しい、という感覚は少しあったが、特段にこだわる気持ちはなかった。私には、十年ぐらい前の大阪で充分だった。だが、熊之郷さんには何か思い入れがあるらしい、ということに、ちょっと面食らっていた。
 昼ごはんの時に、その話を前任者にすると、あの人は見た目より普通だけど、それゆえによくわからんところがあるよ、と言われ、おだてて聞き出したという、熊之郷さんのツイッターのアカウントを教えてもらった。アイコンは、やたらおいしそうなハンバーグの写真だった。私は、もうそれでいいわ、という気分になって、仕事中は熊之郷さんのツイッターのことは忘れた。

 それから少し経った日曜日の夜中に、毎週のごとく崩してしまった睡眠リズムのため、眠れずに苦しんでいる時に、そういや明日から熊之郷さんの仕事にかかるんだ、と思い出して、なんとなくウェブからツイッターを開いてみた。なんというか、画像リンクばかりのツイッターで、言葉は、「何を写したか」の表記のみにとどまっており、あまり熊之郷さんに対する理解が深まりそうでもなかった。
 写真は、大阪のキタを中心に、その日行った場所を撮っているようで、最近は、「大阪ステーションシティ:何々広場」という記述が目立っていた。私は、眠気はあるのに眠れない、といういちばんつらい状態の頭で、広場、広場、庭、広場、という文字を眺めながら、そんなに広場があるのか、と呟いていた。あの地域には、いきなり広場が何個もできたのだ。不思議な話である。熊之郷さんは、特段に写真がうまいという様子でもなかったけれども、いくつか開いた画像には何か、異国情緒というか、知らない場所という雰囲気が漂っていて、そこが会社帰りにでもすぐ行ける所であるのが不思議だった。特に、時空(とき)の広場という場所を撮影したものは、空港みたいで目を引いた。
 私は、夜が明けたら再び仕事に行く、という苦痛でのたうち回りたい気持ちを抱えながらベッドに潜り込んで、なら明日はどれかに行ってやろうか、と半ばやけを起こすように思いついた。ちょっとした観光をしようという気分だった。正直、会社にも通勤にも大阪自体にも、もう飽きているのに、そこから解放される見通しが立たない、ということに倦(う)む毎日だったが、見たことがないものを見れば少しはましになるかもしれない、などと希望的観測を繰り出しているうちに、私は眠り込んだ。
 次の日の退社後、私はおのぼりさんのように念入りにフロアガイドを確認して、大阪駅の北側のエスカレーターに乗った。いつもなら、空いている左側をせっかちに登っていくのだが、その日は、ステップの上で足を止め、じっとして上に運ばれて行った。苦痛だった。やっぱり月曜日は憂鬱で、さっさと家に帰りたかったのだけれども、自分で決めたことなのでやって来ることにして、でもそれで何になるのかしら、と、私はエスカレーターの手すりに肘をのっけながら自問していた。
 うとうとと考え事をしているうちに、足が平地に着き、アトリウム広場に出た。広場の中ほどに進み出て左右を見ると、三越伊勢丹とルクアの入り口がある。「どっちに入ります?」という感じで、私は、タイプの違う美人の双子に誘われた男ってこんな気分か、と月曜の落ち込みのあまりめちゃくちゃなことを考えながら、エスカレーターの正面の仮塀の向こうに、建設途中のグランフロント大阪と梅田スカイビルが見えることに気がついた。私は、三越伊勢丹とルクアの建物の間から見える、少しシュールな風景に吸い寄せられるように、そちらへと向かう。
 平日だというのに人通りは多く、本当に月曜の夜なのかと疑わしく思いながら、私は仮塀の際に寄り、スマートフォンを取り出して、熊之郷さんがアトリウム広場を撮影しているかどうか確認してみる。先週来ていたようなので、画像を開いてみると、私が見たのと同じような、三越伊勢丹とルクアの間から見える空模様が写されている。
 あ、こういうのは見たことがなかった、と私は単純に思いながら、スマートフォンの画面を建物と建物の間にかざしてみる。すごくいいわけでも、全然つまらないわけでもない、ただ見たことのない眺めがある。私は、そうか、と一人うなずいてスマートフォンをバッグにしまい、帰ることにした。実は、もうその日じゅうに全部の広場を見て回ってやろう、と思っていたのだが、それはよしておくことにした。

 その週の土曜日には、キタにはぜんぜん来ない、という友人を伴って、時空の広場に上がっていった。なにここひろっ、と友人は大声を上げて、それが屋根に反響したようだった。私も初めて来たのだが、やはり空港みたいだと思った。
「建物の中で、しかも地上五階とかでこんだけすかっとしてるところって、このへんにはないよな」
「なんていうか未来って感じ」
 夜の遅い時間だったので、あまり人もおらず、私たちは、頭が悪そうな会話をしながら、うろうろし放題に動いた。一軒だけ、誰か気前のいい人が置いていったかのように建っている四角いカフェが、やたらおしゃれに見えて気持ちを湧き立たせる。友人は、あれが一軒だけっていうのがいい、と指を差した。店に入ろうと誘おうと思ったけれども、その日はごはんもお茶もすませてしまっていたのでやめた。今度行こう、と言うと、そうやね、落ち込んだ時にね、と友人は答えた。
「なんで落ち込んだ時に限定すんの?」
「なんでかな、泣いててもほっといてくれそうな気がするやん、このへんの空気」
 思ったことをそのまま言う性格の彼女は、とても感覚的な内容を口にする。
「もちろん、楽しい時に来てもいいけどさ。ここは辛い時にとっときたいね」
 どうして友人がそう思うのだろうということを、私は考えてみる。照明が明る過ぎないのがいいのかもしれないし、天井がものすごく高いのもいいのかもしれない。とても広くて、座る場所がたくさんあるから、泣いていても気付かれないでもらえそうと思うのかもしれない。そして時計があるから、どのぐらい落ち込んでいたか、ということがより正確に把握できるからかもしれない。そして、こんなことをしていても仕方がない、と思い立ったら、すぐに買い物をしたり、食事をしたり、映画を見たりできるからかもしれない。
 これだけ条件が揃った、安心して落ち込める場所、というのは実はそんなにないような気がする。どんなお気に入りのゆとりのある店に入っても、店員さんや他のお客が気になるし、家だと何かやる気になった時に、気分転換がしにくい。けれどもここだと、心置きなく落ち込めるし、落ち込んだあとの事後処理が容易だ。そんなふうに考えていくと、なんだか元気が出てきた。身の置きどころができたぞ、落ち込みどんとこい、という気分だ。
 私と友人は、特にどちらが誘うでもなく、時計の下のベンチに座る。私は、吹き抜けになっている三越伊勢丹とルクアの六階から九階を眺めながら、壮大だよなあ、などとぼんやり考える。
 スマートフォンをバッグから出して、なにげなく熊之郷さんのツイッターを見て、このへんはどう撮られているのか確認する。より空港っぽい雰囲気のある大丸側と、カフェを撮ったものと、吹き抜けの真ん中を写したものがある。日を違えて、何度か来ている様子の熊之郷さんは、ここのことは気に入っているようだ。
「この一ヶ月で四回呑みに行ってさあ、一日五周メールのやり取りをしてた人が、実は彼女おるらしいって、昨日人づてに聞かされて」
 友人は話し始めた。私は、そうか、とうなずいて、四角いカフェの方を見やった。

 腹の立つことがあったので、三越伊勢丹の十階のグリル開花亭に行って、わらじみたいなカツを一人で食べた。前にこのへんを通った時にショーウィンドウの中のサンプルを見かけて、これはいやなことがあったら食べよう、と決めていた。今日がその日だ。
 腹立ちの元凶である打ち合わせの相手は、私がむかむかしていることなど知らず、食事に誘おうとしてきたけれども、外せない約束があるんで、と逃亡した。
 私は、自分の手よりもでかいカツをバリバリとナイフで切り分けながら、自分なんかにセクハラをしておもしろいのか、と言ってやればよかったと思っていた。私は、声が比較的低くて大きく、かなりべらべらしゃべる方だし、態度を男女に対して分けないため、どんな人からもあまり女扱いされず、仕事でいろいろいやなことはあるけど、セクハラだけはされないと高をくくっていたのだが、見境のない人というのはいるものだ。何が、あなたはつっぱってても、いわゆる女盛りなんだから、そういうところも割り切って仕事に反映していくといいよ、年上の言うことはきいとけ、だ。挙句に、おもしろいから、あなたとはもっとじっくり話したい、だ。薄気味悪い。
 私は、バリバリとカツを咀嚼(そしゃく)しながら、私があんたは男で年上で余裕が無いといけないんだから、そんなふうに自分より若い人間を操作しようとするな、なんて言うかよ、と一気に悪態をついて、ワインで流し込む。気が晴れるけど、何かちょっとむなしい。同レベルで戦いたい相手ではない。
 それよりも、熊之郷さんの話をしてやりたいと思う。熊之郷さんとの仕事は、先週でとっくに終わっていた。つつがない、を絵に描いたような仕事で、今後ともよろしくお願いします、と言い合い、私たちはやりとりを終えた。熊之郷さんの写真のことは、なぜか言い忘れた。ツイッターは、今もたまに見ている。最近は更新されていないので、ちょっと心配だ。
 熊之郷さんが、他人の領域に「年上で男だから」という理由でずかずか踏み込んでくる人間に対して、何か効果的な反論を持っているわけではなかったが、一人でスープ食ってジェラートをデザートにしてパン買って帰る、という態度が、そういう輩(やから)とは対照的であることは確かだった。
 レジでお勘定をしてもらいながら、腹の立つ相手のことを考えながら食事をしたのは損だったのかも、と思う。やっぱりおいしいものは、その食べ物自体について考えながら口にするべきだ。もったいないことをした、と悲しくなる。
 私は、時空の広場に降りてみようかと少し考えたが、いや、今日は違うところに行ってみよう、と思い立つ。熊之郷さんのツイッターによると、同じ階に、日本庭園っぽいところがあるらしい。怒りを鎮めるために、枯山水でも見たい気分だったので、私は店を出るとそちらの方へと向かった。和らぎの庭、という名前らしい。私の心持ちとは正反対である。
 夜だったので、全容がよく把握できず、枯山水のようなものがあるかないかはよくわからなかった。私は、花見も夜桜とかって言って強がってるけど、庭ってやっぱり昼のがわかりやすいよなあ、でも昼に庭観るって会社員やってたら難易度高いし、もっと平日に休みがほしいなあ、などとぶつぶつ思いながら、庭の傍らの階段を惰性で上がる。しかし、踊り場でふと下を見下ろしてみると、東福寺の北庭を模したような市松模様がライトの中に浮かび上がって、私は思わずおっという弾んだ声を上げる。急いでスマートフォンを取り出して、熊之郷さんが庭を写しているかいないか確認する。そりゃやっぱり撮っている。
 やるなあ大阪ステーションシティ、とえらそうに思いながら、私は踊り場からの眺めに満足して、階段を降りる。今日すごく怒ったことは、だんだん忘れそうになってきていた。

 前売りを買っていながら、忙しくてなかなか行けなかった映画の最終日に駆け込み、3D映像に疲れてふらふらと風の広場の方に出た。話の適当さは気楽でよかったものの、3Dの映画は疲れる。頭を使わないアクションが観たいぞ、と映画を選ぶと、たいてい3D処理がされている。私は、疲れるとわかっているのに、どうしても貧乏性でそっちを選んでしまうのだが、そろそろやめるべきだろうか。
 最近少し太ってきたので、家まで歩いて帰ろうと思っていたのだけれども、やっぱり電車がいいなあ、と空いているベンチを探しながら、広場の水際を歩く。そうだファミマで何か甘い飲み物でも買って、座って飲もう、と広場を横切り、建物の端へと向かう。コーヒーのいい匂いもする。女の人たちが、テーブル席で風にあたりながら、何やら話し込んでいるのが見えると、あー誰か誘えばよかったなあ、と思う。一人でいるのもいいんだけれども、私なら、あんなふうにテーブルに座っても、一人だとすぐに飽きて、飲み物を飲み終わり次第どこかに行ってしまう。暗いから本も読めないし、気持ちいい風にあたりながらスマートフォンをさわるのもない。
 喋っていた女の人たちが立ち上がるのを見届けながら、ファミマでいつになく甘めのドリンクを買う。そして堪(こら)え性(しょう)なく、店の前でペットボトルの蓋を開けて、三分の一ぐらい飲んでしまう。そんなに3Dって疲れるのか。
 このまま電車で帰りたい、という気持ちと、でも体重増えた上にこんな甘いものまで摂っちゃったんなら、もうちょっとストイックになることがあってもいいだろう、という理屈の間をうろうろしながら、私はドリンクを半分まで減らす。脳みその疲れは、だいぶましになった気がする。
 でもやっぱり電車で帰ろう、明日に何かがまんしよう、と決めて、建物の中に戻ろうとすると、変な看板が目について、思わず近付く。天空の農園、という場所へのアナウンスの看板だった。
『「天空の農園」へは 軽いハイキングコースと なっております。「天空の農園」へのアクセスは 風の広場の階段のみとなっております』
「軽いハイキングコース」という部分と、「風の広場の階段のみ」という部分が赤い字で書かれていて、なんとも警告という雰囲気を醸し出していて興味深い。生半可な気持ちで登るんじゃねえよ、ということだろうか。にしてもハイキングコースって相当だよな、と思いながら、私はうっかり階段に足をかけて、そのまま登ってしまう。本当に上は大変なことになっていて、ここで挫折したら傷付くだろうか、と考えながら、ここから上に自動販売機などはない、だとか、熱中症に気をつけろ、などという更なる警告を目にして、少したじろぐ。おもしろいんだけど。
 今はもう熱中症という季節ではない。むしろ、長いこと外気の中にいると、寒さを感じるかもしれない不安の方が大きかったが、とりあえず上を目指す。一階上に上がると、グランサイズ大阪の中が見える場所を通る。確かに、それ以外は何もなくて、階段の壁と植え込みの緑が、優雅な感じがする。
 太ったんなら素直にスポーツクラブに行けばいいのか、などと考えながら、さらに階段を上がる。確かに、少し険しいな、という気分になってきて、年のいった人がなんとなく来るようなところでもないような気がしてくる。
 無心で階段を上っているうちに、私は、頭の中の疲れがだんだんおさまってきていることに気がつく。単純な動作をしながら緑を見ているからか。塀の向こうに見える夜景は、派手ではないし何がどうというのはよくわからなかったが、静かで不思議と心が落ち着いた。
 やっとそれらしい階に辿り着くと、軽いハイキングといえばそうだったかも、と思えるぐらいには疲れていた。とはいえ、警告に負けなかった人々はそこここにいて、何も買うものも情報もなく、ただ植物と風があるということを楽しんでいる風情で、程よい距離を取りながら、ぶらぶらしたり、座ったり、ぼんやりしたりしている。私は、そういうふうになんとなく時間を過ごすのは苦手なので、農園、農園はどこだ、と周囲を見回す。表示のようなものを見つけられなかったので、私は、この植え込みとかが実は農園? と疑いながら、熊之郷さんに問い合わせればいい、という愚にもつかない考えを頭の中で転がす。熊之郷さん自身には言っていないが、私には、熊之郷さんの無口なツイッターがフロアガイドになりつつあった。
 でもいちいちスマホを取り出すのもな、と思いながら、あてもなく歩いて、やっと表示を見つけたので、階段を下り、そちらの方へと向かう。
 この階まで登り切ってからも少し歩いたからか、人けはほとんどなくなっていた。時間が遅いので、農園は閉まっているようだ。私は、野菜が植えられているという、柵の向こうの小さな区画を眺めながら、また昼に誰かとこようと思う。もしくは収穫の時期に。
 映画の前に来たらよかったのかなー、と思いながら、階段を上がっていると、見覚えのある男の人がこちらにやってくるのが見えた。熊之郷さんだった。思わず、熊之郷さん! とあだ名を呼びそうになりながら、熊野さん! と声をかけると、一瞬首を傾げて、ああ、ああ、と熊之郷さんはうなずき、足を止める。
「こんばんは。写真を撮りに来ました」
「そうなんですか」
「ステーションシティの広場の写真をしばらく撮ってたんですが、ここには来れてなくて。なんか下の注意書きを見ると大変そうやから、まだいいかなっていう気もして」
 私は、熊之郷さんがまだ農園に来ていないことに驚きつつ、警告に脅かされていたという事実に、ちょっと笑ってしまった。
 熊之郷さんが、農園の写真を撮っている間、私は、植え込みに鎮座している、黄色くて楕円形で、何かぶつぶつとした突起のある変な植物を見ながら、何これ、と一人でうけていた。パプリカの黄色いやつのようでもあるけど、それよりも格段に性格が悪そうな形をしていた。
 これも農園の範疇のものなんですかね、と写真を撮り終わった熊之郷さんに訊くと、それはツノナスです、と熊之郷さんは答える。
「ナスか、おいしいんかな?」
「観賞用やから食べられませんよ」
 私は、スマートフォンでツノナスについて調べ、きれいでもないし食べられもしないけど、こういうのがおもしろいっていうのが、人間てよくわからんなあと思う。
 警告されながら登ってきた階段を降りる。塀の向こうには、北ヤードの貨物駅の様子がよく見える。熊之郷さんは、見たことない、と言いながら、塀の側に寄ってそちらを見下ろす。私も、それに釣られるように、塀にくっつく。そして、そやな、見たことないわ、と呟く。
「あんなふうに光が緑っぽく見えるなんて、知らんかった」
 熊之郷さんは、貨物駅の屋根の下に漏れる明かりを指さして、感心したように言った。私は、熊之郷さんの指の先を覗き込みながら、自分たちは、大阪は、新しい風景を得たんだな、ということに気が付いた。
 風が気持ちよかった。私は、下の広場で熊之郷さんにそのことを話そうと思った。
 (了) 

津村記久子さんプロフィール

1978年、大阪生まれ。2005年「マンイーター」で太宰治賞を受賞してデビュー(単行本化にあたり『君は永遠にそいつらより若い』に改題)。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、2009年「ポトスライムの舟」で芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞を受賞。ほか著書に『やりたいことは二度寝だけ』『とにかくうちに帰ります』など。